Waypointsの第一弾の漫画は「一人じゃない」でした。Waypointsの他のストーリーもそうですが、「一人じゃない」は聖書で伝えられているイエスの生涯からのエピソードに基づいています。私は今回、この漫画の作者かつイラストレーターとして、このストーリーのテーマやその意味を伝えたいと思いました。(まだこの漫画を読んでいないなら、まずこの漫画を読んでから、下記の内容を読んでください。)

「一人じゃない」は聖書のマルコの福音書2:1-12に基づいた、イエスとの出逢いによって人生が変えられた中風(脳性麻痺などのために半身不随の状態)の男性を取り巻く物語です。このブログでは、この中風の男性のことをディブと呼ぶことにしましょう。「一人じゃない」に関する3部構成のブログシリーズ・パート1となる今回は、ディブだけではなく私たちも持っている深いニーズについて考えてみましょう。

パート1(ニーズ)

漫画を読めばお分かりだと思いますが、ディブがイエスに近づいた時、すぐに受け入れられました。聖書にはこう書かれています。「イエスは彼らの信仰を見て、中風の人に『子よ、あなたの罪は赦された』と言われた。」(マルコの福音書2:5)

なぜ、イエスはこんなことを言ったのでしょうか?ディブが求めているものは明らかだったはずです。ディヴの歩きたいという身体的なニーズは誰の目にも明白でしたが、イエスは彼のより深いニーズを知っていました。イエスは他の誰にも分からないことでも知っていました。

聖書はディヴについてあまり多くを語ってはいません。ですからここでイエスがどんな特定の罪を赦すと言っているのかはわかりません。私は「一人じゃない」のディブを、特別に悪い男としてではなく、身体的な制約があるために不親切に扱われてきた、そのために自立心があるだけではなく少し自己中心にもなった男として描くことにしました。漫画の中では彼はこう言います。「自分は一人でやってくし、他の人にもそうしてもらう」彼は私たちの多くとそう変わりない、普通の人です。

しかし、実のところ、全ての人が罪を犯すのです。聖書にはこう書かれています。「すべての人は罪を犯して、神の栄光を受けることができず・・・」(ローマ人への手紙3:23)

イエスにはこれが分かっていました。

私たち誰もが、自分が良い人間だと思いたいのですが、正直なところ、変わる必要のある部分を持っているのです。私たちは皆、正しく物事を行おうとしても、自分自身が持つ基準さえも満たせないものなのです。そして、神の基準はそれより遥かに高いものです。この問題が、聖書が罪と言っているものです。私たちはこの罪のせいで、神が用意してくれている最善のものを、経験できなくなってしまうのです。

それが私たちの問題なのです。それが私たちの深いニーズなのです。ですが、良い知らせがあります。イエスはこの問題を知っているということです。イエスはこの問題を心配してくれます。そして解決を提供しようと近づいてくれます。

イエスがその問題の答えでもあります。なぜなら、イエスは私たちのニーズを知っているだけではなく、そのニーズを満たすことができるからです。イエスはその権威を持っています。詳しくはパート2で取り上げたいと思います。

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